オジサンはいくら頑張ってもニートにはなれませんか

先日、といっても二ヶ月も前ですが、四捨五入すれば不惑の齢となり、まるで適齢期の娘さんのように、ことさら年齢の話題に敏感なお年頃を迎えております。自分でも、29歳から30歳になるときもこんなに歳のことが気にならなかったのにな、と思うくらい、なぜか気になってしまいます。
じつは34歳というのは、私にとってずっと大事な年齢でして(過去完了形)、私の師匠がベストセラーとなった某著作を物した年齢なのであります。なので私も秘かに34歳までに何とか最初の著作を物すぞと思ってきたわけですが、あえなく夢破れたというわけです。まあ、ある意味、何かを諦めた一年だったわけです。
で、ふと巷を見回せば、この34歳から35歳への移行というのは、中々に意味深なようでして、長い人生のたかが一段にすぎない一年間を、あたかも人生最大の切れ目のように誇張し、錯覚させるイデオロギー(遠慮無くこの言葉が使えるのって気持ちいいですね)が溢れております。さしたる根拠もないまま、互いが互いをトートロジカルに規定しあい、相互に根拠として参照するごとく、34歳と35歳のあいだに意味深な「壁」を見出そうとする輩(ともがら)がいっぱいおるわけです。
興のむくままに調べた限り、以下のような調子です。
・「フリーター」の定義=「15〜34歳の若年(ただし、学生と主婦を除く)のうち、パート・アルバイト(派遣等を含む)及び働く意志のある無職の人」(内閣府、平成15年版 国民生活白書
・「ニート」の定義=「非労働力人口のうち、年齢15歳〜34歳、通学・家事もしていない者」(平成17年以降の労働経済白書
・いわゆる「35歳の壁」=「18歳〜35歳位まで」というかたちでなされる求人広告における年齢制限(現在では原則禁止)
・株式上場するIT企業の社員の平均年齢=35.6歳(ただし2005年のデータ)。大体それくらいで転職してますよ、と見せかけるメッセージ。
日本学術振興会特別研究員(DC、PD、SPD)の応募資格=34歳未満
ポスドクのポストに多く見られる年齢制限=35歳。「教授たちの間にあった「35歳までに助手にならなくてはならない」という認識に由来する」らしい(Wikipedia「高齢ポスドク」)。
・なおここによれば助手の平均年齢は国立大学=38.1歳、公立大学=37.4歳、私立大学=36.0歳。科学研究費補助金の「若手研究」の申請資格が「37歳以下」なのは、この助手の平均年齢に合わせているんでしょうか。「若手」っつーのもかなり空虚なカテゴリーですね。どっちにせよ、あと数年で私も制度的に「若手」ではなくなると。わーい(棒読み)。
学振特別研究員の応募資格が34歳未満というのはちょっと早いのでは、と以前から身の回りをみて思っておりました。留学とか専攻替えとかすると、すぐに引っかかっちゃう。個人的感情としては年齢制限など取っ払うべきだと思いますが、しかしそうすると「若手」に回ってくるパイが相対的に減って、それはそれで困った事態になるかもしれません。かといって「現状」に合わせて、年齢制限を引き上げても、単に、数年で破綻することが目に見えてる、新たな「壁」を一つ設けることにしかならないわけです。
それと、フリーターやニートの定義から35歳以上を外す正当な理由がよく分かりません。どこかで切らなくては定義・統計ができないのは当然ですが、そうであれば、そこで区切る根拠、その後の年代はこれこれの有意義なカテゴリーに吸収されるので、そちらの議論なり統計を参照せよ、という情報をつねに与えて欲しいと思います。
少し話が逸れますが、2007年度から助手の職階から「助教」が分離したために、かつてなら「35歳以上の助手」は(単に心情的に)採用しにくかったが、「35歳以上の助教」ならば採用しやすくなった、という変化が大学業界で指摘されています。これは「35歳までに助手に」という旧来の認識が緩和された点では前向きな変化かも知れませんが、やはり何かのごまかし、本質的問題解決の先送りに思えて仕方ありません。
さらに余談ですが、先日、東北方面から京都に遊びに来てくれた同業の先輩(一回り上の世代)と飲んでいたとき、「かつては30代前半の研究者をまずは専任講師で採用していた。だが今は(専任講師制度が廃止済みで、かつ助教制度がない大学では)准教授として採用する他ない。しかし、どうも採用する方の側に「准教授=昔の助教授」という思いこみがあるようで、「30代前半では准教授はまだ早い」という反応が強く、結果、公募をすると40代の人が採用されるケースが多い。うちなんかも世代バランスから言って、ホントは30代の人を入れた方がいいんだけど。」というボヤキを聞き、やれやれと思った。
(ここを見てる人の中には知らない人も多いと思いますので、簡単に説明しますと、かつての「助手→(専任講師→)助教授→教授」が、いまは「(助手→)助教→准教授→教授」となっています。准教授の採用要件に助教の経験を要求している大学も多く、かつては「助手→助教授」は比較的珍しかったですが、今は「助教→准教授」はむしろ標準的です。「助手/助教」と「助教授/准教授」は響きは似ていても全く違うものです。強いて言えば助教助教授(どちらも英訳は Assistant Professor)が近いわけです。)
とにかく、私の年齢である現在の35歳は、ベビーブーマーの頂点ということもあり、社会的プレゼンスが圧倒的に大きいものの、取り扱いにくい、方向付けにくい、うまく制度を整備しにくいのでないかと思います。振り返れば、駒場時代のカリキュラム改革(英語I、基礎演習の導入)に始まり、学振の制度改革(大学間の流動性の促進)、職階の改革(助手から助教へ)など私が目撃してきた諸々の大学改革は、つねに、モロ私の年代(それか一つ下)を目がけてなされてきた(そしてしばしば失敗してきた)という感があります。常に新旧の狭間におかれ、得をしているのか損をしているのかよく分からない年代だと思います。そしてこれからも、私が後期高齢者になるまで、ずっとその調子なんだろうなと思います。
まあ、オジサンの戯言ということで。
あっ、今気付いたけど、要するに35歳はオジサン、オバサンってことか。34歳はなんとかギリギリ「若者」だけど。なーんだ、最初からそう言ってもらえれば、すぐ納得できたのにー、引き籠もりやフリーターはやっぱり「若者」の特権ですしね、オジサンでニートってのもちょっと想像できませんしね、ってそれこそモロにトートロジカルなイデオロギーじゃないですか。