国民の条件
先日(といっても夏のこと)乳幼児入場可という珍しいコンサートの企画が赤羽会館にやってきたので、娘に初めて聞かせるコンサートとしてちょうど良いと考えて三人で行ってみた。
「アンサンブル・ディヴェルターズ」という団体(HPもある)が行っているもので、経歴や技術から判断して、彼ら彼女らはおそらく元々は普通の演奏家としてスタートしたのだが(全員芸大卒だし)、乳幼児可のクラシック・コンサートというコンセプトがこのご時世に大当たりして、いまや全国各地で引っぱりだこになっている、といった御様子。考えてみれば、小中学校のニーズが常にあるし、乳幼児関連の文化活動はたいてい自治体の助成対象となるから(北区でもそう)良いところに目を付けたなあ、クラシック関係のベンチャーがここにあったか、と感心しきり。さらに「子供のためというより、コンサートにも行けないくらい子育てで忙しいお母さん方に一番楽しんで欲しいです」とか口上で言われると、こちらもついころっときちゃうわけです。
肝心の内容はというと、モーツァルトとかバッハのポピュラーな小曲を楽器の紹介付きで演奏したり、アニメの曲をアンサンブル用に編曲したり、聞いているだけでは子供が飽きるから、イントロクイズをしてプレゼントをあげたりと、盛りだくさん。座長の「面白いお兄さん」(兼フルート奏者)は、とても慣れた口調と身振りで子供の関心をひいていた。しかし客席には6ヶ月に満たない赤子などもいて、音楽云々よりも生存で精一杯なので、お母さんはミルク飲ませたり立ち上がってあやしたり、会場は一種の修羅場の様相。
一番多い年齢層は3歳前後のようやく日本語が喋れるようになった世代なのだが、イントロクイズはこういう子供達がおそるべき早さで答える。「七夕の歌」のような童謡のイントロクイズで幼児に負けている時点ですでに音楽学者失格なのだが、どらえもんの歌のイントロが分かっていい気になっていた私にショックを与えたのは、幼児が初めの三音くらいで曲名を当て、かつその後に会場全体を熱唱に包んだ「トトロ」の歌(歩こう歩こう、ってやつ)を私が一度も聞いたことがないことだった。「宮崎アニメは魔女の宅急便まで」という凝り固まった信念を持つ私は、知らなくて当然だよね、と隣の妻を振り返ったが、あろうことか彼女は歌詞カードも見ずに子供の手を動かしつつ歌っているではないか。これまで数年付き合ってきて「トトロ」の話など一度もしたことがない上に、しかも「ナウシカ」を一度も見ていないことをつねに私に批判されているアニメ音痴の彼女が、である。おまけに、私が「どうしてこの曲知ってるの?」と問うと「みんな知ってるよ」と突き放すような答え。その時点で私はすっかり「非国民」の淵に陥れられたわけです。どらえもんではすでに「国民文化」を満たすには不十分なのです。いまやジブリ、しかも「日本回帰」して以降のジブリなのです。しかもテレビでは半年に一度くらいしかやらないし、子供を持つ家庭の多くがWinnyやDVDのエンコをやっている訳ではないので、おそらくビデオを買って家で繰り返しみているのでしょう。6時50分になると全国の子供がテレビの前に座った時代とは別の意味で、おそろしいことです。
首相の靖国参拝問題に困った新外務大臣が、対アジア外交を問われ、さかんに日本のサブカルチャーの浸透を強調するのをみて、「サブカルチャー」という言葉を政治家がそういう場で発すること自体に違和感を持った私ですが、国是としてのサブカルチャーは私のみならず少なからずの人々を「非国民」に変えるのではないかと心配しています。サブカルチャー(オタク文化)を語ることで知識人たりえてきた人々は、この状況をどう考えているのか、聞いてみたいところです。まあいずれにせよ日本のサブカルチャーの経済的優位は遠からずポシャると思われますが。