ベテラン益益健在なり/ビートルズ・リマスター関連書籍

礒山雅『「救済」の音楽──バッハ、モーツァルトベートーヴェンワーグナー論集』(音楽之友社、2009年10月)[Amazon.co.jp]
西村清和『イメージの修辞学──ことばと形象の交叉』(三元社、2009年11月)[Amazon.co.jp]

新著を御贈呈頂きました。どうもありがとうございました。
いみじくもどちらも、ここ十年ほどの構想を経た大著です。たまたま二冊とも本日自宅に届きまして、どちらの著者とも私にとっては先生の位置にあり、かつ両者とも現在各学会の会長職をお務めになっておられる方ですので、ベテラン益益健在なりと感じ入り、そろそろ中年の域に差しかからんとする私も負けてはいられないなと気持ちを改めました次第です。前者がドイツ近代音楽、後者が美学と、私の体を再び二つに引き裂いてしまう、重要な仕事です。

かたや私はと言えば、最近はビートルズにズッポリはまっており、先日購入したリマスター盤(モノラル&ステレオ)に加えて、1987年盤およびキャピタル盤の全CDをiPodに取り込んで聴き比べてばかりいる毎日です。ビートルズについてはこれまでマスターやミックスの違いを細かく(マニアックに)チェックしたことはなかったので、エクセルで表を作って一曲ずつデータを入力しながら聴いています。

今回のリマスター盤発売で、音楽ジャーナリズム業界もちょっとしたビートルズ・バブルになっており、有象無象出ていますが、リマスター盤を聴く上で参考になるものを以下にあげておきます。特集名や表紙の文句だけで買うと騙されるので、ネット書店に頼らず、本屋に出向いて吟味して買っています(立ち読み程度で判断しているので、実は重要なものが漏れているかも知れません)。なお、現時点での評価なので、読み進めながら今後も持続的に訂正・更新します。

『コンプリート・ビートルズ[リマスターCD公式ガイド]』(ザ・ビートルズ・クラブ著、集英社インターナショナル、2009年9月9日)[Amazon.co.jp]
:唯一ネットで買ったのだが、予想通りというか、あまり使えない。立ち読みできていたら多分買わなかった。「公式」とか付くのは一般にろくなものではないという、見本のような本。9月9日に合わせて公式本を出しました、というだけ。インタビューやこれまでのCD化の歴史などの基礎的事項も、以下の『DIG』の方が数段まし。著者団体は「唯一のオフィシャル・ファン・クラブ」だそうだが、その割りに何らApple/EMI側から特別な情報をもらえていなかったようで、笑える。というか(買った者には)泣ける。こうした「公式本」の空洞化は、一昔前の(今は知らないのだが)ゲームの攻略本を髣髴させる。
『The DIG Special Issue ザ・ビートルズCDエディション』(シンコーミュージック・エンターテイメント、2009年9月22日)[Amazon.co.jp]
:2009年リマスター盤音源そのものへの言及はない(試聴会に参加していないライターが書いたか)。今回はレコード会社側のガードが厳しく、試聴会を開いた以外には、音楽雑誌ジャーナリズムの人々にも発売日前の情報提供は無かったのである。ただし、1987年から2006年(『ラヴ』)にいたる、これまでのビートルズCDのマスタリング(ミキシング)の歴史は丁寧に描かれており、2009年リマスター盤を聴くための前提、その準備としては悪くない。
レコード・コレクターズ 2009年10月号』(ミュージック・マガジン、2009年10月1日)[Amazon.co.jp]
:特集「リマスターで聴くビートルズ」。大鷹俊一による概説と、リマスター・エンジニア(アラン・ローズ、ガン・マッセイ)へのインタビュー記事は基礎的情報として手堅いが、他の雑誌でも読める程度の情報量。だがその後に続く記事は必読。まず森山直明の「最新版CD試聴報告」は、EMIジャパン主催の試聴会(7月6日、8月12日)での調査に基づいて書かれたもの。この方、ビートルズのすべてのミックス(場合によってはすべてのテイク)の微細な違いが頭に叩き込まれているとみえて、すごい的確さと説得力ともって、今回のリマスター盤の理念と実態を論じることに成功している。犬伏功によるモノラル/ステレオ論(正式タイトルは長いので略)は、ステレオ時代以降のモノラルの位置づけ(例えば“Back to Mono!”という標語)を論じており、興味深い。
レコード・コレクターズ10月増刊号 ザ・ビートルズ・CDガイド』(ミュージック・マガジン、2009年10月1日)[Amazon.co.jp]
:2009年リマスターについては冒頭にちょろっと触れられているだけ。基本的にはこれまでのCDの解説(それはそれで長く使えそうだが)であり、2009年リマスター関連文献とは言えない。
レコード・コレクターズ 2009年11月号』(ミュージック・マガジン、2009年11月1日)[Amazon.co.jp]
:前号の続編として森山直明氏が書いた「最新版リマスターCD調査報告・完結編」(pp. 86-95)がやはり秀逸で、この10頁だけのために買うのはちょっと躊躇われたが、結局購入。9月9日の発売日以降に(じっくり聴きながら)書かれた記事なので、分析の精確さも保証されている。
『ビートレッグ・マガジン 2009年12月号』(レインボウブリッジ、2009年12月1日)[Amazon.co.jp]
:9月9日以降にきちんと聴きながら執筆されたようで、1987年盤、2009年モノラル盤、同ステレオ盤の違いが、一曲ずつ詳細に書かれている(全アルバムの全曲でないのが残念だが)。これまであげた中ではもっとも「2009年リマスターのことが分かる」文献。
ザ・ビートルズ全曲バイブル 公式録音全213曲完全ガイド』(日経BP社、2009年12月3日発売予定)[Amazon.co.jp]
:12月発売予定。かなり重厚な本のようで(お値段も張りますが)今から楽しみ。発売が多少遅れても良いので(その分だけ自分で聴いてあれこれ調べたり考えたりする楽しみの時間が増えますし)ストレスの無い決定版(データのミスなども極力無いもの)となってもらいたいものです。

追記(2009.11.23)
この記事をアップした直後に某知人(うら若き麗人)がわざわざ連絡をくれて、以下の本についての最新情報(若干の内部的情報)を教えてくれました。
ザ・ビートルズ レコーディング・セッションズ完全版』(シンコーミュージック・エンタテイメント、2009年9月)[Amazon.co.jp]
:1990年初版でプレミア化していたこの本は、今回増補版となって目出度く復刊されたわけですが、その増補版の第二刷(ミス等を修正したもの)が目下準備されているそうです。どの本もそうですが、9月(9日)に間に合わせるために相当無理な作業をしたことは想像に難くないので、ミスが多いのは致し方ありません。ただそれをすぐに直すという出版社の姿勢は、「売らんかな」精神がはびこるこの業界にあっては、特筆すべきものでしょう。「2009年リマスター」関連文献ではないかも知れませんが、録音を云々するためには最終的にはセッションから押さえなくてはいけませんので、私もこの機会に(第二刷を)購入する予定です。年内には出るとのことで楽しみです。これも本屋で手にとって刷を確認して買わなきゃいかんな。

以上が私の「武器」であり、これらを常に傍らに置きながらパソコン(エクセル)に向かってスピーカー(時間帯や「作業」の種類によってヘッドフォン)で聴いております。今回、真のビートルズ・ファンは、すべてのヴァージョンのCDをそのまま(無圧縮で)ハードディスクに取り込み、音響解析ソフト上で波形を視ながら、聞き比べるのだそうですが(マスタリング・エンジニアのProTools上の作業をそのまま再現することもできるわけです)さすがに私は、それは老後の楽しみとして取っておきます。
なるべく雑念を追いやって、純粋にファンとして、趣味として聴いているつもりですが、色々と面白い「発見」(最近一部で流行(?)の言葉を使えば「音楽学的気づき」)が出てきます。なかでも、音楽ファンがここ二十年くらいで急速に(マニア化というより)学者化(またはエンジニア化)してきており、それがCDの発売形態にその都度現れているという事実は、音楽の所有をめぐる今日的問題として重要だなと思います。初CD化に際してモノラル/ステレオの恣意的な選択と新たなミキシングが許された1987年と、「オリジナル」を重視するあまりに、諸ヴァージョンを選択・優劣付けすることを拒否し、すべてを手に入れないとファンが満足しない現在(2004年のキャピトル盤CDがすでにステレオとモノラルの両方を収録しています)との間で、明らかに何かが変わったのです。