Too many Heils!

aesthetica2010-01-14

先日、某国際会議の懇親会の時に、とある学生(先端研が誇るサブカルの鬼)から、ウォルト・ディズニーナチスを題材にした短編アニメがあると聞き、帰宅後、大あわてで探す。
その時の話ではミッキーマウス・シリーズだと聞いていたので、変だな、ミッキーの短編はすべてDVDで持っているけど(今は白黒がコレコレ、カラーがコレコレで全部揃うんだよね)そんなの入ってたかな、と不思議に思っていたが、実際には私がこれまでノーチェックだったドナルドダック・シリーズでした。
ネットで調べたらすぐに出てきました。“Der Führer’s Face”(総統の顔)という1943年の作品。ドナルドダック・シリーズの第41作目。Youtubeでも観れます。
観たらけっこう面白かったので、さっそく本日、某大学の授業(ちょうどディズニー・アニメの話をしてるので)でバッチリ使いましたよ。
「ヌッツィランド(Nutzi land)」で散々「総統の顔」に敬礼させられるドナルドだが、それは夢で、目が覚めたら自分はアメリカ人だった、という夢オチなんだけどね。
一番興味深かったのは、総統本人は登場せず、ドナルドを悩ますのは、総統の顔写真とラッパ状拡声器から響く音声という、複製メディア(のみ)であるという点。観るまで分からなかったんだけど、タイトルはそう言う意味で、テーマはあくまでも総統の「顔」なんだよね。それと、敬礼が途中から単なる条件反射(武器工場のベルトコンベアーはまるで「何かが来たらボタンを押す」テレビゲームのごとし)というか、しまいには痙攣みたいになるの。これも「ヌッツィランド」の本質を見事に突いてますね。(関係ないけど、今たまたま発見した敬礼と痙攣の音の類似、これは使えるな。痙攣としての敬礼。うむ、なかなかフロイト的で深いな。総統に向かって、痙攣!)
あと最後のシーン(画像参照)で、目覚めたドナルド(星条旗のパジャマを着てる)が、部屋の壁に総統の影が映っているのを見てびっくりして窓の方に目をやると、実は自由の女神の影だった、というオチも、ベタすぎるというか、真に大衆的というか、それゆえ解説せずとも学生が(珍しく)理解できるので助かるというか。自由の女神に、ある特定の角度から光を当てたら、総統のかたちの影ができる、ということの方が(もし本当なら)意味深だよな、と私は逆に読み込んでしまいましたが(職業病)。
いずれにしても、ウォルト・ディズニーなかなかやるな、単純に時局的作品として片付けるのはもったいないな、と感心しましたよ。
さてと、マジメに来期のシラバスでも書くか…。