『オペラ学の地平──総合舞台芸術への学際的アプローチII』

早稲田のCOEのオペラ研究会の人達と一緒に作った本です。本日某所でワインで酔っぱらって家に帰ったら届いてました。Amazonではまだ品切れ状態ですが、もうすぐ買えるでしょう。
オペラ研究会というのは通称で、正式には、早稲田大学のグローバルCOE「演劇・映像の国際的教育研究拠点」のなかの西洋演劇研究コースのなかの「オペラ/音楽劇研究会」といいます。しかし予算規模がでかいだけに相当細分化してますね。全部で幾つの研究会があって、全体で何人くらいが関わっているのでしょうか? 眩暈がします。(予算規模を今確認したところ立命館の「日本文化デジタル・ヒューマニティーズ拠点」の方が少し多くて意外でした。こっちはもうちょっと組織の全体像がすっきりしている印象です。)
当初は昨年の今頃に刊行される予定で、そうであれば私はとても原稿を書く時間的余裕はなかったのですが、COE側の更新だか何だかの事情(私はよく分かってない)で刊行が一年先延ばしになったとのことで、そのおかげで私も寄稿することができました。
京都に本拠地を移してからは、研究会に出席できて無くて申し訳なく思っていますが、これで最低限の協力はできたかなと、自分で勝手にけじめを付けた気分になっています。ともかく無事に年度内に出せてよかったですね。編集に携わった皆様、ご苦労様でした。
私は「ナショナル・オペラの成立と展開──フランス、イギリス、ドイツの場合」という論文を書きました。中身はざっと次のような感じです(最初と最後から抜き書き)。

「また本論は、オペラを例に取ることで、自国に固有の文化的伝統(と考えられるもの)やナショナル・アイデンティティそれ自体が、いかにしばしば、身近な隣国との絶えざる差異化の過程で育まれる、いわば無限に反射しあう「合わせ鏡」に映った自己像に過ぎないかを明るみに出すための、一つの試論でもある。」(p. 70)
「以上見てきたように、フランス、イギリス、ドイツにおけるナショナル・オペラは、いずれも、他国のオペラ様式に強く影響され、それを参照し、かつそこからの意識的な差異化を図るかたちで成立した。その相互影響作用の過程はきわめて錯綜しており、何がその国にとって「純粋」で真に「オリジナル」な音楽様式であるのかを定義することは、もはや不可能に近い。本論の冒頭で、無限に反射しあう「合わせ鏡」の中の自己像という比喩でナショナル・アイデンティティのあり方を理解するよう問題提起したのは、そのような理由による。
 むろん「国語」という観点から捉えれば、それぞれのナショナル・オペラの本質は一義的に決定されるように見えるかもしれないが、その担い手の問題、すなわちそのオペラ(音楽劇)を誰が作り、誰が聴くのかという点を考慮に入れるならば、たちまちそれが単なる錯覚でしかないことがわかる。例えば、フランス王立音楽アカデミーの下で近代フランス・オペラ様式を完成されたリュリが、フランスに帰化したイタリア人であったことを、あるいは、ロンドンの劇場にイタリア・オペラを定着させ、英語によるオペラ創作運動の息の根を止めたのが、ドイツ生まれのヘンデルであったことを、考えてみればよい。ナショナリティの混乱とでも呼ぶべき、こうした事態は、文学や演劇の歴史──今日でこそクレオール文学(異文化混交文学)のようなカテゴリーが認められているが──においてはまず考えられない、おそらくオペラ(歌)ならではのものではないだろうか。「国語」が用いられるからという理由でそのオペラが必ずしもその「国民」に支持されるわけではない、ということは、われわれ日本人であれば、すでに十分経験的に理解している事実でもあろう。」(pp. 86-87)

以下、目次です。私が手入力したものなので、データとして使用される場合は、一度原本に照らして確認することをお奨めします。吉田論文のみ副題と章立ても記しています。

『オペラ学の地平──総合舞台芸術への学際的アプローチII』(丸本隆(代表)・伊藤直子・長谷川悦朗・福中冬子・森佳子編、彩流社、2009年3月)
「はじめに」(丸本隆)
【第一部】
「君主が求めた去勢者の歌声」(弓削尚子
「リブレット作家としてのゴルドーニ」(大野さやの)
「パパゲーノが追い求めた青い鳥」(茂木一衞・丸本隆)
「ナショナル・オペラの成立と展開──フランス、イギリス、ドイツの場合」(吉田寛
 ・オペラからみる近代ヨーロッパ諸国のナショナル・アイデンティティ
 ・フランスの場合
 ・イギリスの場合
 ・ドイツの場合
 ・「ナショナル」なオペラとは一体何を意味するのか?
【第二部】
ドニゼッティ《ランメルモールのルチーア》」(中澤はるみ・丸本隆)
「通俗喜劇からシュピールオーパーへ」(小島康男)
ヴェルディの《マクベス》」(丸本隆)
オペレッタにおける音楽とユーモア」(森佳子)
「ハンス・ザックスの青春時代」(長谷川悦朗)
森鷗外とオペラ」(瀧井敬子
【第三部】
ヤナーチェク《カーチャ・カバノヴァー》の演出」(萩原健)
「《サロメ》における「理想の主人公」像を求めて」(広瀬大介)
「原作と台本のあいだ」(伊藤直子)
「サイレント・オペラとハリウッド」(笹川慶子)
「オペラの終焉?」(福中冬子)
「あとがき」