右×ユダヤ陰謀説=ジャン=ジャック・ルソー?

とある共著の索引作りのために自分の論文に出てくる人物の生没年や作品の成立年をリスト化する作業をやっており、Wikipediaってこういうとき便利だよねー、わーい、とやっていたら、Wikipedia日本語版のルソーの項目に「フランスの哲学者・政治思想家・教育思想家・作家。ユダヤ人。」とさらりと書かれていることを発見。
おや?と思って、英語、フランス語、ドイツ語の項目を見ても、やっぱりどこにも「ユダヤ」の語はない。あるわけない。
なんじゃこりゃー!と思って、ちょっと調べたら、どうも次のようなことが言われているらしい。

一日も早く、尊敬する日本人が戦前あった世界に燦たる民族的長所を復活させて頂きたいのである。何故ならば、それが即ち我々ユダヤ人の理想でもあるのだから。日本民族のもつ最大の財産は天皇制である。これは全く世界に類例のない偉大なものであり、人類の理想とするものである。かつてユダヤ人の大思想家でフランス革命に大きな思想的影響を与えたジャン・ジャック・ルソーは、かの有名な『社会契約論』で次の如きことを言っている。「人もし随意に祖国を選べというなら、君主と人民の間に利害関係の対立のない国を選ぶ。自分は君民共治を理想とするが、そのようなものが地上に存在するはずもないだろう。したがって自分は止むを得ず民主主義を選ぶのである」。ここでいう君民共治というのは、君主が決して国民大衆に対して搾取者の位置にあることなく、したがって国民大衆も君主から搾取されることのない政治体制のことである。(…)私がルソーの時代に生きていたならば、ルソーにこういったであろう。「直ちに書きかけの社会契約論など破り捨て、速やかに東洋の偉大な君主国へ馳せ参じよ」と。ここで非常に重要なことをルソーは言っているのである。今日本で絶対の善玉の神として一切のタブー化されている民主主義というものは、ルソーによれば君民共治の代替物にすぎないということである。私が日本人を最高に尊敬するようになったのも、この天皇制というものの比類なき本質を知ったからである。(モルデカイ・モーゼ著、久保田政男訳『日本人に謝りたい──あるユダヤ人の懴悔』、日新報道、1979年)

要するに、天皇制はユダヤ民族の古くからの理想であったというスケールのデカイ話です。
まず、モルデカイ・モーゼという「ユダヤ人」が誰かというと、実は訳者の久保田政男自身というのが「定説」のようだ。で、この人はユダヤ陰謀説に関する著作を幾つも書いており、かつどうも御本人も右よりの方みたいです。大体、ユダヤ人が日本人に懺悔って…。遠回りなことやってくれますね。もう大好きだな、こういうの。
本日の結論としては、Wikipediaの日本語の項目にのみ「ルソー=ユダヤ人」という記述があるのは、間違いなくこの本の存在と関係がありますね。
ということは、ルソーの項目から「ユダヤ人」の部分を消したら、右の人に怒られるのかな?
そんなことはないですよね? だって別にルソーがユダヤ人でなくても、『社会契約論』一冊あれば、モーゼ氏の天皇制賞賛の主張は十分に成り立つはずですから。もっというと『社会契約論』なんて「破り捨て」て良いから、日本に行きたまえ、って言ってるわけだし(笑)。
だったら誰かルソーの専門家が早くこんなの消しなさいよと思うんですが。
それとも「ユダヤ人=世界太古の民族」という要素が、ルソーの引用文に説得力を与えている(と著者=訳者は考えている)のかな?
だったらその部分を消したら、やっぱり怒られるかもね。
でも「ルソー=ユダヤ人」なんて迂闊に書いたら、逆にユダヤの人(あとスイスの人)から本気で怒られそうな気がするんですけど。誰か試しに、英語版を日本語版に倣って更新してみてよ。A major Jewish-Swiss philosopher...って。で、典拠はモルデカイ・モーゼって。日本語以外の原典が無いみたいなんですけどね、その本。
ところで、右の人とユダヤの人、どっちの方が怒らせたら怖いんでしょうかね?
それにしてもWikipedia、各国版の記述の違いが実はこんなのばっかりだったら嫌だな。