お金で買えないものがある

世の中にお金で買えないものが果たしてあるのか、という、しばしばどうでもいい文脈で発話される問いがありますね。
愛? 人の心? 久々に家族で過ごす素敵な一夜?
ノンノン。そんなものはきっとお金(あるいはマスターカード)で買えますよ。よく知りませんけど。
しかし、お金で買えないもののうち、少なくとも私が知っているもので、かつその理由を真剣に考えなくてはならないものが一つあります、それはお金それ自体です。
1,000円札の価値は1,000円に決まっているわけですが、それを1,000円で売っているところを私は知りません。
われわれは1,000円を得るためには1,000円を払うのではなく、必ず、1,000円と等価な別の何か(労働や商品)と交換しなくてはなりません。
以前とある美大の学園祭で、100円玉をラムネみたいに工業用ラミネートに包んで100円で売る、というコンセプチュアル・アートじみたパフォーマンスをやっていましたが、これをおおっぴらにやったら、何らかの法に触れる、とその場で聞きました。ホモ・エコノミクスの本能としてか、確かにそんなヤバイ気がしました。だからアートとして成立するわけです。
で、今調べたところ、「通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律」によると、(記念コイン等を含む)貨幣を器などに入れて「販売」してよいのは造幣局だけらしいですね。

                                      • -

造幣局による貨幣の販売)
第10条 造幣局は、次に掲げる貨幣であつて財務大臣が指定するものを販売するものとする。
 1.その素材に貴金属を含む記念貨幣のうち、その製造に要する費用がその額面価格を超えるもの
 2.特殊な技術を用いて製造し表面に光沢を持たせた貨幣
2 前項の貨幣の販売価格は、当該貨幣の製造に要する費用及び当該貨幣の額面価格を下回らない範囲で、当該貨幣の発行枚数及び需要動向を勘案し、政令で定める。
3 造幣局は、第1項の貨幣以外の賃幣で容器に組み入れられたものを実費により販売するものとする。
4 日本銀行は、第1項又は前項の規定により販売の用に供する貨幣を、財務大臣の定めるところにより、造幣局に交付するものとする。
5 造幣局は、政令で定めるところにより、第1項の規定により販売した貨幣の販売収入から販売に要する費用を控除した金額を国庫に納付するものとする。

                                      • -

例えば郵便局なり銀行がピン札交換サービスに手数料を取ってはいけない理由はここにあるのでしょう。あれはあくまでも「(日本銀行)券」の交換です、という解釈なのでしょう。しかし私的には、きれいな10,000円札には10,100円と交換できるくらいの正当な価値(あるいはアウラ)があると考えていますよ。とりわけ、週末にピン札の必要が控えている金曜日の三時以降など、その価値は10,300円くらいには跳ね上がりますよ。もし適法なら、これは絶対商売になりますよ!(その際にはもちろん皆さん、ナイショですよ!)

ところで一方、周知のように古銭商は合法の商売です。にも関わらず、100円玉を100円で(あるいは90円や100円で)売ることが禁じられる、その法的根拠とは何なのでしょうか?
これまでにはマジシャンが手品用加工コインを売って罪に問われた例がありますが、それは「貨幣損傷等取締法」に基づくものでした。売ったことではなくて、貨幣をダメにした時点ですでに法に触れているのです(なおアメリカには同種の法律がないので、加工し放題らしいです。)

                                      • -

貨幣損傷等取締法
1  貨幣は、これを損傷し又は鋳つぶしてはならない。

                                      • -

まあフィクションだから書きますが、私も小学生時代、小さな犯罪者気取りで散々パンチで一円玉に穴をあけましたよ。
ただこの法律には、当然を「貨幣はこれを販売してはならない」とはどこにも書いておらず、損傷させずに100円玉を任意の価格で販売することを禁じてはいません。
となると、やっぱり分からなくなります。
古銭商は合法で、現行貨幣の販売が違法、ということはどの法律のどの条文に書いてあるのでしょうか?
そして、その際、古銭と現行貨幣の厳密な区別・定義はどうなっているのでしょうか?
まだ使おうと思えば使える旧500円札を希少価値があるという観点から1,000円で売っても許されるのなら、現行の1,000円札をやはり将来的に稀少価値がでるであろうとの投資目的を持つ人に1,200円で販売する(その人は遠い将来それを1,500円で売って300円の利益を得るのだ)ことも問題ないはずですよね?
もっと端的にいえば、どこかで10,000円札が帯にくるまったような状態で一割引ぐらいで売ってないでしょうかね? 一人100枚限定とかでもいいので。もし売ってたら絶対儲かりますよ!
10,000円札をビルの上からばらまくような破廉恥行為が罪でないなら、こんなささやかな商売があっても絶対罪ではないと思うのですが。
よく海外で見かける両替商、あれもまさに似たようなものでしょう? あれも適法でしょう?
銀行に預ける? 馬鹿にしないで下さい、それでは時間差を前提とした単なる投資です。その時間差が資本主義を駆動させる、と岩井さんだか大澤さんの本に書いてありましたよ。資本主義ですよ! きっと悪いことに違いありません。私が買いたいものは時間差を含まないものです。今ここで100円玉を90円で売りたいんです!という人の元にでかけていき、ポンとキャッシュで買うんです! 電車賃くらい少しかかってもいいですよ! 何しろ、お金で買えない価値があるものを手に入れるのですからね。
あと番号が全部同じやつも駄目です。それはきっとどこかで売ってるし、しかもお金で買う価値もありません。